満月の夜




 

 

 

  だっこ。

  小さな両手を大きく広げて仰いでいる。
  小さな身体をキュッと絡ませて落ちないようにしがみつく。

  煙草と酒の香りがいっぱいに広がるその腕の中が好きだった。
  

  柔らかい頬に触れる少し伸びた鬚。
  ザラザラとしてチクチクとしてくすぐったい。

  大好きな
  大好きなパパの匂い。

  少し肌寒い春の始め。

  いつもより少し高い視線は異世界でドキドキする。


  ニャォ

  鼻歌混じりにゆられていると小さな鳴き声。
  せっかくの特等席をずり降りて辺を見回すと草むらから瞳だけを煌めかせて覗いている。

  小さく蹲る子猫を無理矢理抱き上げて、首を傾げる。
  パパは少し困った顔をして唇に指を立てた。

  “ママには内緒”

  ニッコリと笑って強く子猫を抱き締めた。

  

  パパ、気持ち良いね。

  うん、気持ち良いね。

  優しく夜風が髪を撫でる。

  
 
  小さな私の腕の中で納まりの悪かった子猫はパパに抱かれて気持ちよさそうに眠っている。

  アタシみたい?

  うん。そうだね。

  
  ウフフフフ。
  思わず嬉しくなって笑い出す。


  あ、パパ。
  お月様。
  まんまるいお月様。

  うん?どこだい?

  指差す方向とは逆を向いてパパは空を見上げる。

  キラキラまんまるお月様。
  指差す先にはお知らせ用の掲示板。

  街灯に照らされた画鋲がキラッと誇らし気に煌めく。

  パパは少し驚いた眼をして
  うん。そうだね。
  綺麗なお月様。
  と笑った。

  ね、お月様。


  まだ、少し遠い春の重たい雲の隙間から大きな月が咲ってわらっていた。